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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)10442号 判決

原告

曽我部力

ほか二名

被告

阿頼耶歩

主文

一  被告は、原告曽我部千鶴及び同曽我部力に対し、各二二九八万一一二四円及びうち二〇九八万一一二四円に対する平成元年八月一八日から、うち二〇〇万円に対する本判決確定の日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告曽我部稔に対し、三三〇万円及びうち三〇〇万円に対する平成元年八月一八日から、うち三〇万円に対する本判決確定の日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮りに執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告曽我部千鶴及び原告曽我部力に対し、各二三二二万六四一七円及びうち二一一二万六四一七円に対する平成元年八月一八日から、うち二一〇万円に対する本判決確定の日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告曽我部稔に対し、四四〇万円及びうち四〇〇万円に対する平成元年八月一八日から、うち四〇万円に対する本判決確定の日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原動機付自転車を運転中他の自動車に衝突されて死亡した運転者の相続人らが衝突した自動車の運転者に対して自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 日時 平成元年七月三〇日午前三時一〇分ころ

(二) 場所 大阪市北区豊崎七丁目八番先路上(国道四二三号線路上、以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(登録番号、奈五六り六六四六号、以下、「被告車」という。)

右運転者 被告

(四) 被害車両 原動機付自転車(登録番号、大阪市北三五二四号、以下、「原告車」という。)

右運転者 曽我部健司(以下、「健司」という。)

(五) 態様 本件事故現場の道路を北進中の原告車に、同じく北進中の被告車が後方から衝突した(以下、「本件事故」という。)。

(六) 結果 健司は、本件事故によつて脳挫傷、急性硬膜下血腫の傷害を受け、同年八月一七日に死亡した。

2  責任原因

被告は、本件事故当時、被告車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

3  原告らの地位及び権利の承継

原告曽我部千鶴(以下、「原告千鶴」という。)は健司の妻、原告曽我部力(以下、「原告力」という。)は健司の子、原告曽我部稔(以下、「原告稔」という。)は健司の父である。健司には原告千鶴と原告力のほかに相続人はいないから、原告千鶴と原告力は健司の死亡により、同人の被告に対する損害賠償請求権を法定相続分に応じて各二分の一ずつ相続した。

4  損害の填補

原告千鶴と原告力は、本件事故につき、自賠責保険から二五〇〇万円、また被告から二五八万四九〇五円の支払を受け、これを各自の相続分に応じて各損害に充当した。

二  本件の争点

被告は、健司及び原告らの損害額を争うほか、本件事故の発生については健司にも、後方確認及び方向指示器により合図をすることなく、被告車の進路を妨げるような形でその進路を変更した過失があり、右過失は損害額の算定に当たつて考慮されるべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  健司の損害

(一) 治療費(原告ら主張額・一九八万四九〇五円) 一九八万四九〇五円

証拠(乙二七の一、二)によれば、健司の大阪大学医学部附属病院における入院治療のために一九八万四九〇五円の治療費を要したことが認められる。

(二) 付添看護費(原告ら主張額・一九万円) 〇円

原告らは、健司が、前記入院期間中、付添看護を必要とし、原告千鶴と原告稔の付添看護を受けたとして、これによる損害を被つたと主張するが、右付添看護の必要性があつたことを認めるに足りる証拠はない。なお、甲一〇の一(原告稔の陳述書)によれば、原告千鶴と原告稔が右入院期間中、健司に付き添つていたことが認められるが、他の各証拠(乙七、一六、二五、二六の一)によれば、健司は、救急車で大阪大学医学部附属病院に搬入された時点には脳挫傷、右硬膜下血腫により既に意識がなく、穿頭術、血腫ドレナージの施行によつても意識レベルは改善せず、同年八月一日には脳死と診断され、そのままの状態で同月一七日午前八時三〇分心停止するに至つたもので、その間原告千鶴ら近親者が看護をなしうるような状態ではなかつたことが認められ、そうだとすると、右入院期間中、原告千鶴と原告稔が健司に付き添つていたのは、健司の回復を祈りつつ同人の容体の推移を見守つていたのにすぎないことになるから、右事情は、近親者たる右両名の慰謝料額の算定において斟酌すべきであるが、付添看護料相当の損害を肯定すべき理由とはなしがたい。

(三) 入院雑費(原告ら主張額・二万四七〇〇円) 二万四七〇〇円

健司は、大阪大学医学部附属病院における一九日間の入院期間中(乙二五)に、一日当たり一三〇〇円、合計二万四七〇〇円を下らない雑費を要したものと推認される。

(四) 休業損害(原告ら主張額・一三万四二四六円) 一三万四二四六円

証拠(甲二ないし四、九、一〇の一、乙一二、一六)によれば、健司は、本件事故当時、訴外多幸梅観光株式会社に和食調理師として勤務し、一か月平均一五万三四三三円の給与の支給を受け、さらに、右勤務の終了後、訴外有限会社権兵衛においても調理のアルバイトをして一か月平均六万五六〇〇円の収入を得ていたが、本件事故による前記受傷のために事故当日から就労不能となつたことが認められる。

右事実によれば、健司は、本件事故に遭わなければ、一か月あたり前認定の収入を得られたはずであつたのに、本件事故により死亡した平成元年八月一七日までの一九日間欠勤を余儀なくされ、次のとおり合計一三万四二四六円(一円未満切り捨て、以下同じ。)の休業損害を被つたものと認められる。

(計算式)

(153,433+65,600)÷31×19=134,246

(五) 逸失利益(原告ら主張額・四六一〇万三八八九円) 四六一〇万三三〇一円

前認定の事実及び証拠(甲三、四、九、乙一二、一六)並びに弁論の全趣旨によれば、健司(昭和四二年九月三日生)は、本件事故当時、二一歳の健康な男子で、前認定のとおり訴外多幸梅観光株式会社に勤務し、昭和六三年中に同社から給与及び賞与として合計二〇一万一四一九円の支払を受けているが、そのほかに結婚及び出産のために増大する生活費を賄うために、昭和六三年四月ころから訴外有限会社権兵衛で前認定のアルバイトをするようになり、以後毎月認定の額程度の収入を得ていたことが認められる。

右事実によれば、健司は本件事故に遭わなければ六七歳まで四六年間は就労可能で、その間毎年少なくとも本件事故当時の年収(訴外多幸梅観光株式会社からの給与及び賞与額二〇一万一四一九円にアルバイト収入月額六万五六〇〇円の一二か月分を加算した二七九万八六一九円)程度の収入を得られるはずであつたと推認することができる。

そこで、右年収を基礎収入とし、右認定事実によれば、健司の生活費は収入の三割とみるのが相当であるからこれを控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の死亡による逸失利益の右死亡当時の現価を計算すると、次のとおり四六一〇万三三〇一円となる。

(計算式)

2,798,619×(1-0.3)×23,5337=46,103,301

(六) 慰謝料(原告ら主張額・三〇万円) 三〇万円

本件事故の態様及び症状経過等本件に現われた一切の事情を斟酌すると、健司が本件受傷直後から死亡に至るまでの間に被つた苦痛に対する慰謝料としては三〇万円が相当である。

2  権利の承継

原告千鶴は健司の妻、原告力は健司の子として、健司の被告に対する損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続したことは争いがないから、原告千鶴、原告力は前項(一)ないし(六)の損害の賠償請求権各二分の一(二四二七万三五六七円)ずつ承継したことになる。

3  原告ら固有の損害

(一) 葬儀費用

(原告ら主張額・原告千鶴、原告力につき各五〇万円) 原告千鶴、原告力につき各五〇万円

甲一〇の一及び弁論の全趣旨によれば、原告千鶴と原告力は健司の葬儀を執り行い、その費用として少なくとも一〇〇万円を支払い、これを二分の一ずつ負担したことが認められる。

(二) 慰謝料

(原告ら主張額・原告千鶴、原告力につき各一〇〇〇万円、原告稔につき四〇〇万円)

原告千鶴、原告力につき各一〇〇〇万円

原告稔につき三〇〇万円

本件事故の態様及び結果、二一歳の若さで夫を、一歳に満たないうちに父を失つた原告千鶴及び原告力(甲五、乙一六)が現に受け、また将来にも受けるであろう健司を失つたことによる精神的苦痛並びに前述の健司の入院期間中に原告らが被つた精神的苦痛、その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、原告らの慰謝料としては原告千鶴及び原告力につき各一〇〇〇万円、原告稔につき三〇〇万円が相当である。

二  過失相殺について

1  証拠(乙二ないし八、一四、一五、一八ないし二〇、二二ないし二四)によれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 本件事故現場の道路(以下、「本件道路」ともいう。)は、南行車線と完全に分離された南北にほぼ直線状に伸びる平坦なアスフアルト舗装の三車線の北行専用道路(国道四二三号線、通称新御堂筋の北行車線)で、歩車道の区分はなく、各車線の幅員はいずれも約三・三メートルであり、本件事故地点は、新淀川大橋の中央よりやや北寄りで、道路西側の側壁沿いに設置されている照明灯(六九九一〇〇)の基底部から南南東方向約二四・四メートルの中央車線のほぼ中央付近である。本件道路の本件事故現場付近における見通しは良く、速度規制も進路変更禁止の規制もなされていない。なお、原動機付自転車が新御堂筋の高架道路部分へ進入することは原則として禁止されているが、事故現場南方の梅田入口(西側から本線に合流)から本件道路に進入し事故現場を経由して北方にある西中島出口(東側から本線外へ出る。)から出ることは許容されている。

(二) 本件事故当時は、本件道路の路面は乾燥しており、交通量は比較的少なく、本件事故直後の午前三時三〇分から同四時三〇分までの間で一分間に二〇台程度であり、また、道路の両側には街路灯が設置されているため、本件事故当時は夜間であつたがやや明るく、本件事故後に行われた視認実験を目的とする夜間の実況見分の際には、被告車の前照灯を下向きにしていても、同車に搭乗した被告において、約五二メートル前方の無灯火(テールランプも含め)の原動機付自転車(濃紺色)に紺ないし黒色の着衣の人が搭乗しているのを確認可能であつた。

(三) 被告は、前照灯を下向きにした状態の被告車を運転し、本件道路の東側車線を走行してきて、中央車線を走行するタクシーを追い越したのち、本件事故地点の約三〇〇メートル南方で中央車線に進路を変更し、中央車線を時速約九〇キロメートルで走行していたが、進路変更開始地点から約二〇〇メートル進行した地点付近から、設定された各車線がゆるやかに西へ曲がつていたにもかかわらず、進行方向の前方遠くに注意を奪われていたため、進路前方のうち比較的近い部分の注視を欠き、かつ、車線設定状況に合わせたハンドル操作もしないで進路を東側車線側へ徐々に寄せながら進行し(方向指示器は点灯していない。)、本件事故地点の約一七・八メートル手前に差しかかつたとき、中央車線の中央分よりやや左寄りを自車の速度よりかなり遅い速度で走行している原告車を自車の前方やや左寄り約八・二メートルに初めて発見したが、衝突回避のための有効な制動操作もハンドル操作もとり得ないまま、前記事故地点において、自車左前部を原告車後部に衝突させた。

(四) 健司は、原告車を運転し、前記梅田入口から本件道路に進入して、本件事故現場付近に差しかかり、本件事故地点の約二六五メートル北方にある西中島出口(前記のとおり本件道路の東側から本線外へ出るようになつている。)から下りる予定で、中央車線内を進路をわずかに東寄りに取りながら進行し、同車線の中央部よりやや右寄り(同車線の右端から約一・一メートルの位置)付近を走行していたとき、原告車の後部に被告車の左前部を衝突され、衝突の衝撃により被告車のボンネツト上に投げ上げられ、本件事故地点(衝突地点)から約六四メートル北方の西側車線上に落下して、さらに約一九メートル転がつて同車道西端の路上で停止し、被告車はさらに約五六メートル北方の西側車線上に転倒して停止した。なお、健司は、本件事故当時ヘルメツトを着用していたが、本件事故の衝撃により脱落し、右衝突地点と右転倒地点の中間の路上に健司が履いていた靴などとともに散乱していた。なお、事故後の原告車の実況見分時には、原告車の方向指示灯は右方向の合図のスイツチが入つていた。

(五) 本件事故当時、被告車の後方約三七メートルを前記のとおり被告車が追い越したタクシーが追従し、さらにその後方約四〇メートルを普通貨物自動車(二トン車)が追従しており、右タクシー及び普通貨物自動車も被告車同様中央車線を走行していたが、右車両の運転者は、被告車の陰になつて見通しが利かない部分を除く西側車線及び東側車線の前方を走行している車両は事故前に認めておらず、原告車が見えないままで、被告車の付近から物が散乱したり、火花が散るのを見て本件事故に気が付いている。

(六) 事故後、被告車には左前照灯及び左方向指示灯の破損、ボンネツト左前部に凹損、フロントガラス左側部の同心円状及び放射状のひび割れ等の損傷、原告車には、車体後部の尾灯付近及び右側面後部の車体カバーの破損脱落、車体後部フレームの前側やや左斜め方向への変形、後輪ホイールのやや左にねじれたような曲損とタイヤ及びチユーブの破れ等の損傷が生じており、大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員中島浩は、右のような原告車及び被告車の損傷状況を調査し、衝突部位における両者の損傷状況から被告車が原告車のやや右斜め後方から衝突しているが、その衝突角度は一〇度程度までの小さな角度であつたと鑑定している。

また、事故後間もなく被告に対する飲酒検査が実施されており、右検査の結果被告の呼気一リツトル中に〇・二五ないし〇・三ミリグラムのアルコールが検出されている。

(七) 被告は、本件事故現場をしばしば自動車で通行しており、事故現場前方右側に西中島出口が設置されているため、事故現場付近で右側寄りに車線変更する車両があり得ることは認識していた。

2  被告は、本件事故の発生については健司にも、後方を確認のうえ、方向指示器で合図することなく、被告車の進路を妨げるような形でその進路を変更した過失があると主張するが、乙一七ないし二〇、二四(被告の警察官及び検察官に対する供述調書)中には、原告車が寄つてきたとか、左から右に進路を変えようとしていたという趣旨の被告の主張に副うかのような供述記載があるものの、前認定の各事実に照らせば、原告車が車線変更の合図をするのを怠つて、西側車線から急に被告車の進路前方に出てきたとは考えにくいうえ、右各証拠によつても、被告は、衝突地点の一七・八メートル手前で、前方八・二メートルの中央車線内を走行している原告車を初めて発見したのであり、それ以前の原告車の走行状態は見ていないことが認められるから、右各証拠は被告主張事実を証明するものとはいえず、他に被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。そして、前認定の各事実によれば、本件事故は、酒気帯び状態で時速九〇キロメートルの高速走行をしたうえ、進行方向の前方遠くに注意を奪われて自車のすぐ前方を走行していた原告車の動静の注視を怠り、その直前でこれを発見するも何ら有効な回避措置を講じる暇もなく原告車に衝突したという被告のきわめて重大な過失によつて発生したものというべきであるところ、健司の側においても、前認定のとおり、ヘルメツトが脱落しているところから、ヘルメツトの顎紐を締めていなかつたか、締めていてもその締め方が適切でなかつた可能性があるといわざるを得ないが、前認定の被告車との衝突及びその後の路面への転倒状況並びに被告の靴の脱落状況に照らせば、ヘルメツトの脱落という事実から直ちに右落度があつたものと断定することはできず、仮に右落度があつたとしても、被告の前記過失と対比するとその程度は軽微であり、過失相殺をするのを相当とするほどの過失ないし落度とはいえないから、被告の過失相殺の主張は採用することができない。

三  損害の填補

前記のとおり、原告千鶴及び原告力は自賠責保険及び被告から合計二七五八万四九〇五円の支払を受け、これを各自の相続分に応じて分配していることは当事者間に争いがないから、右分配額各一三七九万二四五二円は各自の損害額から控除すべきである。

四  弁護士費用

(請求額・原告千鶴及び原告力につき各二一〇万円、原告稔につき四〇万円)

原告千鶴及び原告力につき各二〇〇万円

原告稔につき三〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告千鶴及び原告力につき各二〇〇万円、原告稔につき三〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告千鶴及び原告力において各二二九八万一一二四円、原告稔において三三〇万円と付帯請求としての遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 本多俊雄 中村元弥)

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